その名を、相馬重胤さまといってな、増尾村で生まれ育った相馬のお殿さまだな。
重胤さまは、下総国相馬郡の増尾村――今の柏の増尾から、えらく離れた奥州は行方の太田村へ向かったんだと。山を越え、川を渡り、それはそれは大変だったろうよ。
だがな、重胤さまは、人や荷物だけを連れて行ったんじゃねぇ。先祖から伝わる大事なものも、一緒に運んでいったんだ。それが、妙見様と野馬追だよ。
「祖先のならわしを絶やしてはならぬ」そう言ってな、一族の守り神である妙見さまと増尾の里で受け継がれてきた野馬追を奥州へ運んだんだ。一族の誇りとしてな。
こうして野馬追は、下総の増尾村から奥州の地、今の南相馬市と相馬市に根をおろした。それから何百年もの間、相馬の人々はこの行事を守り続けた。
戦の世が終わっても、殿さまの時代が終わっても、祭りは絶えることなく続けられたってぇわけだ。
相馬野馬追のその遠い始まりをたどればな、
そりゃあ増尾の里なんだ。
目を閉じてみろ。どうだ?千年の昔、小金原を、この増尾の野を走った馬たちのひづめの音が聞こえてこねぇかい?