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相馬野馬追いのふるさと

 これはな、ここ増尾に古くから伝わる、相馬野馬追の始まりの話しだ。

むかしよ、まだ武士たちが馬に乗って戦をしておったころのこんだ。ここ下総の国に、平将門さまという、たいそう勇ましい武将がおったんだと。将門さまは馬をあやつることにすぐれ、広い野を駆けることを何より得意にしとった。

 ある日、将門さまは、小金ヶ原という広い原っぱで、野に放たれた馬を追わせて戦の練習をしたんだと。野馬を敵兵に見立てて、武者たちは馬で駆け、追い込み、捕らえたそうだ。土ぼこりが舞い、ひづめの音が鳴り響き、それはそれは勇ましかったに違げぇねぇ。

これが、相馬野馬追の始まりだ。

 それから長げぇ年月が流れた。将門さまの血をひく相馬氏は、その行事を代々大切に守った後、鎌倉の世になり、ひとりの武将が遠い旅に出ることになっただよ。

 その名を、相馬重胤さまといってな、増尾村で生まれ育った相馬のお殿さまだな。

重胤さまは、下総国相馬郡の増尾村――今の柏の増尾から、えらく離れた奥州は行方の太田村へ向かったんだと。山を越え、川を渡り、それはそれは大変だったろうよ。

だがな、重胤さまは、人や荷物だけを連れて行ったんじゃねぇ。先祖から伝わる大事なものも、一緒に運んでいったんだ。それが、妙見様と野馬追だよ。

「祖先のならわしを絶やしてはならぬ」そう言ってな、一族の守り神である妙見さまと増尾の里で受け継がれてきた野馬追を奥州へ運んだんだ。一族の誇りとしてな。

 こうして野馬追は、下総の増尾村から奥州の地、今の南相馬市と相馬市に根をおろした。それから何百年もの間、相馬の人々はこの行事を守り続けた。
戦の世が終わっても、殿さまの時代が終わっても、祭りは絶えることなく続けられたってぇわけだ。

相馬野馬追のその遠い始まりをたどればな、
そりゃあ増尾の里なんだ。

目を閉じてみろ。どうだ?千年の昔、小金原を、この増尾の野を走った馬たちのひづめの音が聞こえてこねぇかい?

  相馬野馬追のふるさとは、下総国相馬郡増尾村(現在の柏市増尾)なのです。

このお話の舞台

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