源頼朝の側近であった千葉介常胤が鎌倉在館中、夢の知らせにより古梅の霊木を発掘し、仏師運慶に「如意輪観音像」を彫らせ、一宇を建立し安置崇敬されていましたが、その後承久の乱が起ったため、総州相馬郡番場村へ運慶の徒弟である登慶に尊像を送らせ、茅葺き屋根の草堂を営んで藤の花を厨子に飾り安置しました。これより人々はこの地を藤萱村(ふじかやむら)と呼ぶようになったとされています。
貞応二年(1223年)には新たに堂宇を建立し、如意輪観音像と登慶法師にちなんで「登慶山如意輪寺持法院」と号したそうです。
花
お彼岸の時期には境内でヒガンバナがあざやかな花を咲かせます。
ヒガンバナ(9月中旬~下旬)